あらすじ
中堅幹部隊員によるパワハラ的行為を告発をしたところ、調査がなされるどころか「虚偽告訴」だとして警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員と現職2等海尉で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。警務隊の逮捕は、不当な逮捕権の請求・執行だとして、被害者の2人が国を相手に国賠訴訟を提起したのが2023年4月。約2年に及ぶ横浜地裁での審理を通じて浮かび上がってきたのが、パワハラを隠蔽し、組織に都合の悪い告発者に「報復」すべく工作がはかられ、逮捕もその一手段として乱用された疑いだ。折しも、戦争中のウクライナ軍との合同演習に海上自衛隊が密かに参加していたことが発覚した。自衛隊の暴走はとどまるところを知らない。 |
逮捕が違法になるとき 2
訴状で訴えた海上自衛隊の違法行為5件のうち、1番めの「警務隊が違法に原告らに対する逮捕状を請求して逮捕したこと」について、前回に引き続きみていきたい。
A2尉とB元3曹が逮捕されたのは刑法172条の虚偽告訴罪だ。訴状は、同罪にいう「虚偽」とは申告者(行為者)や関係者の主観を問わず客観的に現れた事実が真実か否かで判断される――という法解釈を踏まえた上で、パワハラに関して懲戒処分を申したてる場合についてあてはめると、客観的な事実(パワハラとしてなされた言動)が真実か否かがその判断基準となり、被害者や関係者の主観は判断基準には含まれない、と述べる。
厚生労働省のホームページに掲載されている「パワーハラスメントの定義」が引用されている。
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①〜③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。 なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しません。 |
これらパワハラ3要素のうち、「客観的事実」の真偽が問題になるのは②と③だとして、「逮捕の合理性」が欠如していたとの主張である。以下、訴状から引用する。
②については、社会的通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを言うところ、パワハラに該当するか否かはあくまで社会通念に照らして客観的に判断されるため、パワハラ被害者の主観は考慮要素ではない。
③については、当該言動により、労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったために能力の発揮に重大な支障が生じることを指す。この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、「同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか」を基準とすることが適当とされており、やはり客観的に判断されることになるため、被害者の主観は考慮要素ではない。
(中略)
…パワーハラスメントを受けたという申告が虚偽告訴罪に当たるか否かは、パワーハラスメントを行った当事者(パワハラの加害者)の客観的行動が事実であるか否か(真実であるか否か)によって決せられ、被害者の主観面(特に、パワハラ行為を受けた際にどう思ったか)については虚偽告訴罪の成否とは関係がないというべきである。上記のパワハラの定義からすれば、パワーハラスメントを行った当事者の客観的行動が事実でさえあれば、被害者がどう思ったかに関わらずそれがパワハラに該当するか否かを正しく判断することができ、誤った懲戒権の発動がなされることはないからである。
(中略)
…原告B、訴外C3曹、訴外D士長、訴外F事務官、訴外G3曹は、いずれもE氏(曹長、先任伍長)から受けたと答申書で申告したパワハラの内容(客観的行動)がいずれもまちがいないと海幕および警務隊に申告しているはずである。このことは、検察官が、否認の共犯事件で勾留請求することなく原告らを釈放し、誰ひとりの取り調べをしないまま不起訴処分にしたことが裏付けている。
よって、逮捕状請求および逮捕状による逮捕の時点で、犯罪の嫌疑についての相当な理由に関する合理的根拠が客観的に欠如していたことは明らかである。
合理性の欠如に加え、必要性もなかったとも主張している。すなわち、警務隊はA2尉を一度も聞き取りをしないまま逮捕した。B元3曹も、海幕等の聴取に応じていたにもかかわらず逮捕した。それぞれ「逮捕しなければ遂げられない捜査」は存在しなかったとして、必要性のない逮捕だという主張である。
(つづく)
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