第1部 「海自・先任伍長のパワハラ告発したら逮捕された!」事件(9)

あらすじ

 中堅幹部隊員によるパワハラ的行為を告発をしたところ、調査がなされるどころか「虚偽告訴」だとして警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員と現職2等海尉で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。警務隊の逮捕は、不当な逮捕権の請求・執行だとして、被害者の2人が国を相手に国賠訴訟を提起したのが2023年4月。約2年に及ぶ横浜地裁での審理を通じて浮かび上がってきたのが、パワハラを隠蔽し、組織に都合の悪い告発者に「報復」すべく工作がはかられ、逮捕もその一手段として乱用された疑いだ。折しも、戦争中のウクライナ軍との合同演習に海上自衛隊が密かに参加していたことが発覚した。自衛隊の暴走はとどまるところを知らない。

1,2,3,4,5,6,7,8

  逮捕が違法になるとき 1

   連載第2回でも簡単に触れたが、訴状で訴えた海上自衛隊の違法行為は次のとおりである。
 

1 警務隊が違法に原告らに対する逮捕状を請求して逮捕したこと
2 警務隊が逮捕時に弁護人選任権を適法に告知しなかった
3 (Aさん関係)2022年9月27日から、Aさんの意思に反して異動させ、なんら仕事を与えず毎日始業から就業まで椅子に座らせるという処遇をした
4 (Bさん関係)逮捕状を執行するにあたり、警務隊があえて勤務中のBさんの職場に来て任意同行を求めた
5 (Bさん関係)BさんとBさんの母親に対し、警務隊が弁護人選任権を侵害する行為をした
 

 ――これら5つの行為が不法行為にあたり、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償をする義務を負うとの訴えである。
 
 以下、訴状に沿って順に詳しくみていきたい。まず「1」である。逮捕状の請求及び逮捕行為が国賠法上違法になるのはどういう場合なのか。名護屋高裁判決(2011年4月14日、平成22ネ278)の判示内容が引用されている。

   逮捕状請求及び逮捕状による逮捕は、各時点において、犯罪の嫌疑について相当な理由があり、かつ、必要性が認められる限りは適法であり、反対に警察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して、その各時点で、犯罪の嫌疑についての相当な理由及び逮捕の必要性に関する合理的根拠が客観的に欠如している場合に、違法になる。

 名古屋高裁判決とは、17歳9か月の女子高校生と恋愛感情に基づいて性的関係を持った31歳の男性が淫行容疑(愛知県青少年保護育成条例違反)で警察に逮捕され、無罪になった事件で、逮捕の違法性や虚偽自白をさせた警察官の行為が違法だとして男性が愛知県を訴えた国賠訴訟の控訴審判決だ。2人の関係に気づいた女子高校生の母親と母親の交際相手の男性らによる刑事告発が捜査の端緒だった。
  
 一審名古屋地裁は、「警察官は、合理的根拠が客観的に欠如しているのに、本件逮捕状請求をし、かつ本件逮捕をしているところ、それは違法であり、必要な捜査を怠り、明らかに不合理な構成要件への当てはめをしているから過失が認められる」などとして賠償を命じた。これを不服として愛知県が控訴した結果、名古屋高裁は、男性の女子高校生に対する性行為は淫行の「第2形態の性行為」=すなわち、「単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような場合」にあたるとの判断を警察官らがしたことには無理からぬものがあり、合理的根拠が欠如しているとは認められないなどとして原告の逆転敗訴を言い渡した。   
 
 虚偽自白をさせるなど警察のでたらめな捜査にお墨付きを与えかねない問題ある判決だが、「合理的根拠」がない逮捕は国賠法上違法となりうるとの判断枠組みを明確に示したことには小さからぬ意味がある。
 
 それでは、いったいAさんとBさんを逮捕したことに合理的根拠はあったのか。逮捕容疑は虚偽告訴罪(刑法172条)の疑いである。「人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、3月以上10年以下の懲役刑(拘禁刑)に処する」。これはどういう犯罪なのか。引き続き訴状を読んでいく。
 
 虚偽告訴罪とはなにか。刑法の大家・団藤重光氏の学説が引用されている。

 最決(最高裁決定)昭和33年7月31日及び団藤重光教授の教科書によれば、「虚偽」とは客観的事実に反することと記載されている。また…「偽証罪の場合の『虚偽』とは、証言の性質上、特に主観的な記憶に反することを意味するが」虚偽告訴罪の場合の「虚偽についてはかような特殊の事態はなく」、「行為者が申告の内容を虚偽と信じていても、たまたまそれが客観的事実に合致すれば、構成要件該当性を欠くことになる」と記載されている。これは、行為者の主観を構成要件要素の判断には取り入れないことを明らかにするものであり、客観説と言われる考え方である。…刑法講義(各論)香川達夫教授の教科書においても虚偽告訴にいう「虚偽」とは「客観的事実」に反することと整理されている。また、松尾誠紀教授の論文にも「虚偽」とは「客観的事実に反する告訴(等)のこと」と整理されている。
 (中略)
 したがって、虚偽告訴罪にいう「虚偽」とは、申告者(行為者)や関係者の主観を問わず、客観的に現れた事実が真実か否かで判断される。

  BさんはAさんの協力を得て、E曹長をパワハラの疑いがあるとして懲戒処分の申し立てをした。懲戒申し立てに際しては、具体的な被害事案について記載した答申書を添付した。これらの行為が虚偽告訴罪にあたるかどうかは、AさんやBさん、E曹長、ほかの答申書の作成者がどう思ったか、どう感じたかといった主観は関係なく、記載された客観的事実が本当かどうかによって判断されなければならないというのである。
 
 (第10回につづく)

■取材費カンパのお願い

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です