告発を門前ばらいしたり、架空の事実を捏造するなど常軌を逸した手法により、盗用・捏造が限りなく濃厚であるにもかかわらず不正ではないとの結論をひねりだした中京大と武蔵大に対して、告発人として精神的苦痛を受けたなどとして損害賠償を求めた「デタラメ調査をただす」訴訟の控訴審第2回口頭弁論が、10月28日午前11時、東京高裁824号法廷である。次回弁論に備え、原告の私は、原判決が示した「判断枠組み」を批判する主張を述べた準備書面を提出した。以下、転載する。なお、裁判所に提出したものでは「O」は実名となっている。
==
令和7年(ネ)第2504号 研究不正調査にかかる損害賠償請求控訴事件
控訴人(原審原告)三宅勝久
被控訴人(原審被告)学校法人梅村学園ほか1名(学校法人根津武蔵学園)
準 備 書 面 15
2025年9月15日
東京高等裁判所第14民事部 御中
控訴人 三 宅 勝 久
第1 原判決が示した判断基準みの誤りについて
研究不正の調査制度における告発者の保護利益について判断するにあたり、原判決は次のとおり「枠組み」を示している。
「…各規程に基づいて実施される研究不正行為についての調査は、各被告の運営する各大学における学術研究の信頼性と公正性を確保する目的のために実施されるものであって、告発者を含む研究不正行為により権利侵害を受けた者の権利利益を保護することを目的とするものということはできない」(21頁2〜5行目)
「…本件ガイドライン及び各被告の定める研究不正行為に関する各規程で定められた研究不正行為に係る認定方法等に反するものがあったとしても、そのことから直ちに告発者である原告の法的に保護された権利利益が侵害されたということはできず、上記各調査の方法や認定についての判断が不当な目的をもって著しく不相当な方法によりされたなど、調査機関において上記各規程に基づいて研究不正行為の調査をする権限の趣旨に明らかに背いて上記判断をしたと認められるような場合に限り、告発者である原告の権利利益を侵害するものとして不法行為を構成し得ると解される」(21頁7〜14行目)。
この「枠組み」(判断基準)は誤りである。研究不正の調査制度は、その目的に、告発者や不正行為による被害者の利益を保護する趣旨を含んでいる。したがって、調査機関による調査態様・結果が文科省ガイドライン(以下「本件ガイドライン」という)やそれに基づいて策定された大学等の規程から逸脱したものであった場合は、告発者や不正行為による被害者の権利を侵害し、不法行為を構成するというべきである。
1 不服申立て制度がないことについて
原判決は、調査結果に対する異議申し立てが本件ガイドライン及び中京大学・武蔵大学の規程に定められていないことを理由に、研究不正調査に関する制度(以下「研究公正制度」という)が告発者や研究不正の被害者(以下「告発者等」という)の利益保護を目的としたものではないという。しかし、この判断には論理に飛躍があり誤りである。
国会図書館専門調査員・小林信一氏の論文によれば、本件ガイドライン(2013年策定)は、各研究機関が独自に作成した指針などを踏まえて策定されている(甲30・3頁「表7」参照)。2005年に独立法人理科学研究所が作成した「科学研究上の不正行為への基本的対応方針不正防止方針(2005年)をみると、告発者等(調査関係者)も結果に対して不服申立ができる旨の記載がある。
6−4 不服申立
監査・コンプライアンス室長が開示した調査結果に対し、調査関係者において不服があるときは、調査結果を開示した日から起算して 10 日以内に、監査・コンプライアンス室長に不服申し立てを行うことができる。
(甲60・4頁)
告発者等と被告発者を「調査関係者」と同列に位置づけている。これは、研究不正の調査が公正に行われることを担保するため、被告発者からの不服申立てのみならず、告発者による不服申し立ても必要であるとの考えによるものと推認される。
2005年2月に総合科学学術会議が作成した「研究上の不正に関する適切な対応について」は、「調査の中立性、公平性、専門性の確保」に留意する必要がある旨うたっているとおり(甲61・2頁2行目)、調査が公正に行われることは研究公正制度の根幹をなしている。
本件ガイドラインに告発者等の不服申し立ては盛り込まれていないものの、これは、調査機関において中立性や公平性、専門性を欠いた不公正な調査がなされることを容認したものでは、当然ない。不公正な調査がなされるおそれが小さく、告発者による不服申立てといった防止策を盛り込むまでもないとの制度設計者の考えによるものと推認される(本件ガイドライン策定に至る専門会議の議事録に、告発者の不服申立て制度がないことについて明確な理由はみあたらない)。
2 告発人等は科学コミュニティの一部である
ところで、本件ガイドラインは研究不正の疑義が生じた場合、科学コミュニティ内部で自律的に対応するよう定めている。そこで、告発者等と科学コミュニティの関係について述べる。
原判決は、本件ガイドラインや被告らが定めた研究不正調査の制度が、「各大学における学術研究の信頼性と公正性を確保する目的」のためであると述べ、科学コニュニティとは各大学の内部関係者のみを指し、大学の外部にいる告発者は科学コニュニティの外部者であると判断しているようである。
しかしながら、研究公正制度の想定する科学コミュニティが各大学内部の研究者集団だけを指すものではないことは、本件ガイドラインが「研究機関」「科学コミュニティ」と明確に言葉を使い分けていることからも明らかである。
「科学研究における不正行為は、真実の探求を積み重ね、新たな知を創造していく営みである科学の本質に反するものであり、人々の科学への信頼を揺るがし、科学の発展を妨げ、冒涜するものであって、許すことのできないものである。このような科学に対する背信行為は、研究者の存在意義を自ら否定することを意味し、科学コミュニティとしての信頼を失わせるものである。 」(甲1・1頁)
「今後は、研究者自身の規律や科学コミュニティの自律を基本としながらも、研究機関が責任を持って不正行為の防止に関わることにより、不正行為が起こりにくい環境がつくられるよう対応の強化を図る必要がある。特に、研究機関において、組織としての責任体制の確立による管理責任の明確化や不正行為を事前に防止する取組を推進すべきである。」(甲1・6頁)
すなわち、研究不正防止制度の目的は科学コミュニティの信頼確保であり、各研究機関のそれと必ずしも同義ではない。告発者等は科学コミュニティの内部に位置づけられる。研究不正の疑義を発見した際に、科学コミュニティの内部関係者として告発を行い、それらを端緒に中立公正な調査が行われ、その結果、不正の被害にあった研究者及び告発者の信頼が回復されるのである。したがって、調査が不公正に行われた疑いを察知した告発者等がその是正を求める行為は、まさに自律的な対応の一貫である。
3 告発者等は公正な調査結果を得る権利を有している
本件ガイドラインや規程は、告発者に対して、氏名を明らかにすること(顕名)、根拠の提示、悪意の告発による懲罰・刑事告発など、厳しい制約や義務が課せられている。これらの義務は、告発・調査制度の健全な機能を担保するためである。一方、調査機関が公正に調査を行うことを担保する仕組みについては、本調査における調査委員の選任に関するもの(外部委員の参加、異議申し立て)を除けば防止策はない。調査結果に対して告発者等が異議申立をする制度はないが、これは、調査機関が不公正な調査をすることはないとの前提にたった設計になっているからにすぎない。告発者等は中立公正な調査を期待して告発を行うのであって、ガイドラインや規程から逸脱した不公正な調査が容認されるのであれば、もはや告発するものはいなくなり、研究公正の制度が形骸化する。
不正な研究を排除し、科学の社会的信頼を獲得するという研究不正防止制度の趣旨を踏まえれば、告発者等は、科学コミュニティの一員として、調査機関に対し、本件ガイドラインや規程に従った公正な調査を求める権利を有している。
4 弁論主義違反
原判決が示した判断基準は、「調査の方法や認定についての判断が不当な目的をもって著しく不相当な方法によりされた」というものであるが、このうち「不当な目的をもって」という部分は、原告・被告双方ともに主張していない内容であり、また釈明権の行使もなされていない。弁論主義違反である。
5 小括
以上の理由から、ガイドライン、諸規程からなる研究不正調査制度は、その目的・趣旨のなかに告発者の利益保護を含んでいることは明らかであり、本件ガイドラインや規程に反した、不公正、不誠実な調査がなされた場合は、告発者等の権利侵害が生じる。
第2 被控訴人武蔵大学の調査が恣意的になされたことについて
被告武蔵大学の調査委員会が、O教授の論文等について不正との認定を避けるべく恣意的な調査を行ったと推認されるところ、動機について主張を補充する。
1 Oと武蔵大の訴訟記録から判明した事実
Oは、被告根津武蔵学園を被告とする地位確認訴訟を過去2度にわたって起こしている。各訴訟の事件記録から以下の事実が判明した。
(1)2件の訴訟と和解について
最初の訴訟(東京地裁・令和5年(ワ)4939号、地位確認等請求事件。以下「第1訴訟」という)は2023年3月に提起されている。Oは2022年4月に教職課程教員として採用されたが、所属学部を人文学部としなかった処遇が労働契約違反にあたるなどとする内容である。第1訴訟は、本件調査終了後の2024年1月に和解(後述)で終了した。
その後、2025年6月に、人文学部移籍の手続きを取らないことが和解第2項に反するなどとして、同学部移籍を求めて被告武蔵学園を提訴した(東京地裁令和7年(ワ)15446号、地位確認等請求訴訟。以下「第2訴訟」という)。現在係属中である。
Oが武蔵大学教員に採用された経緯および各訴訟に関する時系列は次のとおり。
・2021年8月、被告は教職課程教員1名を公募。応募資格は、教職課程を担当できるもので、博士または同等の業績を持つもの。
・公募に対してOが応募(Oは博士学位を所持していない)。
・17人の公募者からOの採用を決定。
・2022年4月にO採用、直後に所属をめぐりOは労働審判申し立て、2023年3月に地位確認第1訴訟提起
(22年9月に控訴人は武蔵大学に対して研究不正の告発を行う。23年7月、武蔵大学調査委は不正ではないとの結論)
・2024年1月、第1訴訟の和解成立
(和解内容)
① 原告(O)と被告(根津武蔵学園)は、原告が武蔵大学教職課程所属教員の地位にあることを確認する。
② 被告は原告に対し、武蔵大学長をして、武蔵大学人文学部所属予定教員として原告の任用手続きを行うことを武蔵大学人文学部長に許可せしめることを約する。
・2025年6月、O、和解2項の履行を求めて第2訴訟を提起
(2)Oが提出した業績に不正の疑いがあるものが含まれていた
Oは公募に応募した際、業績一覧を提出したが、その中に、次のとおり盗用が疑われる著作6点が含まれていた。
①「奨学金が日本を滅ぼす」(朝日新書)(中京大学予備調査及び武蔵大学の調査対象)
②「日本の奨学金はこれでいいのか」第1章(同上)
③「Journalism」記事(甲2・52~56頁、中京大学予備調査の対象)
④「貧困研究」記事(甲2・40~43頁、同上)
⑤「人間と教育」記事(甲2・37~38頁、同上)
⑥「生活協同組合研究」記事(甲62)
なお採用選考が行われた2021年夏から年末という時期は、控訴人とOとの間で著作権侵害訴訟が争われていた時期と重なっており、上記①~⑥の著作はすべて当該著作権侵害訴訟の対象となっていた。
2 採用に不正またはミスがあった
Oが提出した業績一覧のなかに研究不正が疑われる著作が複数存在することは、当該の記事を確認すれば容易に発見できるものであった。また、これらの記事等は中京大学による予備調査の対象となっており、中京大学に問い合わせることでも容易に判明した。さらに、Oが武蔵大学教員として採用された1か月後の2021年5月には、Oの著作に盗用疑惑があることを指摘する記事がインターネット上に掲載され、広く報道されていた(甲25−1〜25−2)。
こうした事情を踏まえれば、被告武蔵学園は、Oの業績に不正の疑いがあることを知りながら、故意に看過し過大評価した上で採用したとみるのが自然である。百歩譲って仮に不正の疑いがあることを知らなかったとしても、業績評価に重大なミスがあったことになる。
3 採用にあたって所属先の説明が不十分であったことについて
Oを採用後、被告武蔵学園は、所属をめぐってOから労働審判申し立てや地位確認訴訟を起こさることとなった。こうした事態を生じさせた原因は、公募及び採用に関する被告武蔵学園の説明不足にある。
4 採用時の不正またはミス及びOとの訴訟が本件調査に及ぼす影響
被告武蔵学園がOを採用した際の不正あるいはミス、及び第1訴訟が本件調査に与えた影響について述べる。
(1)公正な調査によって採用のミスが露呈するおそれがあった
本件調査の対象となったOの著作とは、Oが公募に応募した際に業績として提出し、高い評価を与えられたものである。したがって、厳正な調査によって不正が認定されてしまえば、同時に、採用時の業績評価の誤りが露呈することとなり、採用にあたった職員の責任問題になるおそれがある。そうした事態を避けるべく不正認定を恣意的にしなかった可能性が考えられる。
(2)教職課程の授業計画に支障が生じる
また、本件調査が行われた時期は、Oを教職課程教員として採用して日が浅い時期であり、厳正な調査によって不正が認定されてしまえば授業計画に大きな支障が生じるおそれがあった。そうした事態を避けるべく不正認定を恣意的にしなかった可能性が考えられる。
(3)地位確認訴訟の早期解決を望んでいた
さらに、前述したとおり、Oを採用するにあたって、被告武蔵学園は、採用後の所属に関して十分な説明を行わず、それが原因でOから労働審判申し立てや地位確認訴訟を提起されることとなった。被告武蔵学園は和解等による早期解決を望んでいた。本件調査と第1訴訟は時期が重なっており、そうした和解を望む意図から、不正認定を避けるべく恣意的に不公正な調査を行った可能性がある。
5 小括
以上のとおり、被告武蔵学園には不正認定を避けたいと考える動機が種々あり、恣意的で不公正な調査を行ったと強く推認される。
第4 求釈明 厳重注意処分の有無について
1 武蔵大学調査委員会の調査報告書(丙3)の末尾に、Oに対して学長より厳重に注意を行う予定である旨が記載されている。この点について、じっさいに注意等がなされたか否か、なされた場合はその時期と具体的内容を明らかにされたい。
2 武蔵大学は、Oの採用を決定する前、及び採用を決定してから控訴人が告発を行うまでの期間において、Oが業績として提出した複数の著作に控訴人の記事等と類似した部分が存在する事実を認識していたか否か、明らかにせよ。
3 Oが採用時の業績として提出した「Journalism」「貧困研究」「人間と教育」「生活協同組合研究」の各記事を本件調査の対象としなかった理由を明らかにせよ。
いずれも、本件調査が公正になされたか否かを判断するうえで不可欠な事実であり、控訴人の立証に必要である。
以上