あらすじ
中堅幹部隊員によるパワハラ的行為を告発をしたところ、調査がなされるどころか「虚偽告訴」だとして警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員と現職2等海尉で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。被害者の2人は2023年4月、国を相手に国賠訴訟を提起した。警務隊の逮捕は不当な逮捕権の請求・執行であり、加えて露骨な弁護人選任権の侵害行為もあった――との訴えに対し、国側は徹底抗戦の姿勢で応じる。 |
「E曹長発言はパワハラではない」(国答弁書)その1
A2等海尉とB元3等海曹の訴えに対して国側は全面的に争う姿勢を示し、2003年4月20日付で答弁書を提出した。今回から数回にわたりその内容をみていきたい。
AさんとBさんを逮捕した理由は、先任海曹EのBさんら隊員に対する「パワハラ行為」を海幕や横須賀総監部に告発したことが「虚偽告訴罪」の疑いがあるという。横須賀地検は勾留延長請求をせずに釈放。さらに一度も検事取り調べをすることになく不起訴にした。逮捕に問題はなかったというのが国の言い分だ。
E先任伍長に対する懲戒処分の申し立てはBさんが代表となって行った。処分の申し立てには、Bさんら被害隊員の答申書5通を添付した。各隊員が経験したE先任伍長のパワハラの実態を、Aさんがそれぞれ聞き取る形で作成し、各人が署名したものだ。これらの答申書の内容が虚偽で虚偽告訴罪を構成する疑いがあり逮捕が必要だったというのが警務隊の考えで、国もそれを追認する主張をしている。
まずBさんの答申書に関する国の反論だ。B元3曹は、自衛隊横須賀病院での勤務において、E先任伍長によって、近くBさんが退職することを理由に他の隊員よりも多く当直をつけられ、それを指摘すると暴言を浴びせられたとB答申書で訴えた。
他の同期などは(2021年)12月と(22年)1月の2ヶ月分で合計1回しか管理当直割に入れられていないのに、自分(B)だけが、1月末で退職することをいいことに、12月に2回、1月に3回も管理当直をつけられていました。そのことに納得ができなかったため、E曹長に「当直の回数、自分だけおかしくないですか?」と問うも、「他のやつも当直やっているんだ。黙ってやれ」と、つけていたマスクをわざわざはずして、私をねめつけ、威圧的に言ってきました。さらに、ねめつけたまま、「いいか」と脅迫されるように言ってこられたので、このとき私は威圧感と恐怖心から「はい」としか答えられませんでした。… |
この答申書について国は答弁書で、そこに書かれた内容は正確でははないと述べている。
・ E曹長は、当直表(案)を作成し、横病(横須賀病院)長の決済を得て職員に周知しているに過ぎず、当直業務を命令するのは横病長である。 ・ 令和3(2021)年12月及び令和4(22)年1月に合計1回の当直回数の者がいたことは認める。 ・ E曹長の発言として訴状記載に記載されている文言(B答申書)は否認。原告Bの答申書は、原告AがBに対し「オーバーに書いてくれ」と頼み、これをけてBが作成したメモを元に原告Aが作成したものである。E曹長の発言の内容やニュアンス及び前後の文脈等については、正しくは後述のとおりである。
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正確ではないとする根拠として国が答弁書で引用するのが、警務隊に逮捕されていた際に作成されたBさんの供述調書である。なお先に述べておくと、この供述調書の任意性をBさんは争っている。
原告BとE曹長は、上司と部下の間柄ではあるものの、単にEの曹長が原告Bを一方的に指導するのではなく、互いに世間話をする仲であり、また、原告BがE曹長の指導に納得いかないときには言い返すこともある関係性であった。 原告らは、E曹長の原告Bに対する種々の発、言がパワーハラスメントに該当する言動である旨主張するようであるが、いずれも原告Bが述べていた認識と異なる すなわち、原告Bは、そもそも当直回数には大きな不満はなく、E曹長に当直日の変更等を要望したものの、受け入れられなかったことがあったが、それについても、E曹長から、原告Bと別の職員が退職することで残る者に負担があることなどの説明を受け、納得したものであった。またE曹長は、原告Bが退職して芸能系の仕事に就くことを指して、「水商売」という文言を用いたり、「次の仕事はお前には無理だ」と言ったりしたことはあるが、原告Bとしては、E曹長が、芸能系の仕事は安定しない職業だから心配して言ったものであると受け止めたものであった。 このほか、E曹長が原告Bに対し、「まだ衛生員として一人前になってないだろ。後悔ないのか」などと言ったところ、原告が「尊敬する先輩がジブチにいるので、その人の下で働いてみたかったです」と答えたことから、「じゃあ、やめるなよ。手続き取り消してやるよ」と言ったこと、また、E曹長が退職前の原告Bに対し秘密を教えるような雰囲気で、自慢げな表情で「気にくわない奴はすぐに殴ってきた」「相手を血だらけにしてそいつの傷を艦の看護長に縫わせた」などと言ったことがあったが、いずれも、前後の文脈から原告Bに恐怖心を与える趣旨ではなかったことは明らかであるし、原告B自身、これらの発言により恐怖心を抱くようなことはなかった。 |
当直回数が他の隊員より多いという苦情がB3曹からE曹長にあった事実、「水商売」「次の仕事はお前には無理だ」「気にくわない奴はすぐに殴ってきた」「相手を血だらけにしてそいつの傷を艦の看護長に縫わせた」という発言をE曹長が行った事実は認めている。その上で、Bさんの受け止め方は恐怖心を抱くようなものではない、だから答申書は虚偽だという言い分である。
(12回につづく)