あらすじ
中堅幹部隊員によるパワハラ的行為を告発をしたところ、調査がなされるどころか「虚偽告訴」だとして警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員と現職2等海尉で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。警務隊の逮捕は、不当な逮捕権の請求・執行だとして、被害者の2人が国を相手に国賠訴訟を提起したのが2023年4月。約2年に及ぶ横浜地裁での審理を通じて浮かび上がってきたのが、パワハラを隠蔽し、組織に都合の悪い告発者に「報復」すべく工作がはかられ、逮捕もその一手段として乱用された疑いだ。折しも、戦争中のウクライナ軍との合同演習に海上自衛隊が密かに参加していたことが発覚した。自衛隊の暴走はとどまるところを知らない。 |
狙われた答申書その4
B元3曹、C3曹(女性)、D士長とF事務官に続き、先任伍長E曹長によるパワハラ疑惑に関する答申書をA2等海尉の協力で作成した5人目の隊員、最後の告発者はG3曹である。B元3曹、D士長と同様、当直に関する訴えだ。
【G3曹の答申】
令和4(2022)年1月13日 自衛隊横須賀病院長・海将補XX殿 答申者・G 答申書 私、G3曹は令和元(2019)年7月から令和2(2020)年8月までの約1年間、被申立人であるE曹長と●島航空衛生隊で勤務した。●島航空衛生隊では勤務人数が少ないため、2日に1回は衛生当直業務に当たることがあり、当直業務中は基本居室待機が命じられており、患者対応の際は当直員が対応することになっていた。E曹長は当直業務があるにもかかわらず日中の業務が終了すると「Gあと頼むな。なんかあれば電話しろ」と言い残し、当直中に駆け足を実施、駆け足後には飲酒をしていたのを何度か目にしたことがありました。 ※読みやすくするため、趣旨を損なわない範囲で、改行、句読点の修正、漢字をかなにする、注釈の加筆、わかりにくい表現の最小限の修正等の変更をしている。 |
以上、5人の隊員から、先任伍長E曹長によるパワハラ被害に関する答申書計6通を作成したA2尉は、最初に相談を受けたB元3曹に書類一式をわたした。B元3曹はA2尉と相談の上、自分が申立人となってE曹長2対する懲戒処分申立をすることに決め、次の申立書を作成する。G3曹の答申書は、懲戒申立の直接の理由ではなく、あくまで参考資料として添付することにした。
令和4年2月4日 自衛隊横須賀病院長・海将補XX殿 申立人 B 懲戒処分申立書 隊員の規律違反につき次のとおり申し立てる。 1被申立人 2被疑事実 3証拠 上記のとおり相違ありません。 |
懲戒処分申立は、当初横須賀病院長宛てに行う予定だった。したがって各被害者の答申書の宛先も病院長とした。だがA2尉とB元3曹は相談して、病院長よりも上位の部署に申し立てたほうがよいという考えで一致した。病院長宛ではもみ消されるのではないかとの不安からだ。現に「俺はパワハラをもみ消せる」とE曹長が発言するのをB元3曹は聞いたことがある。こうした事情で、懲戒処分申立書は、2022年2月4日付で海上幕僚監部と横須賀地方総監部服務室に提出した。
Bさんは前年末で自衛隊を退職し、新しい職場で働きはじめた。申立書を出してから数日後、海幕服務室のM3佐からBさんのもとに電話があった。2月18日に海幕(市ヶ谷)に来てほしいというのが要件だった。Bさんは多忙で都合がつかず、休みつかって海幕に行くことができたのは3月7日だった。対応した服務室のM3佐は、懲戒申立書やBさんの答申書について、「添削」をする要領で修正を求めた。
添削内容は、懲戒申立書については、「住所・氏名を自筆で書く」などといった形式的なものだけでなく内容面にも及んだ。「不適切な指導(威圧、恫喝、脅迫、人格を否定する暴言を吐いた)」及び不当な当直業務の強要を行ったものである」という記述を、「不適切な指導(長時間拘束、威圧、恫喝、脅迫、人格を否定する暴言を吐いた)を行うとともに、令和2年12月にD士長に対し、また令和3年12月から令和4年1月にかけて、B3曹に対し、不当な当直業務の強要を行ったものである」と、より詳しく書くようにとの指示だった。
Bさんの答申書についても、M3佐はより具体的に書くよう添削をした。B元3曹長は、指示どおりより詳しく書き直した。
令和4(2022)年2月4日 自衛隊横須賀病院長・海将補XX殿 答申者・B
答申書 私、Bは横病(自衛隊横須賀病院)先任伍長Eに受けたパワハラについて証言します。 まず、令和3(2021)年12月24日18時30分ごろに、私が病棟勤務中に、先任伍長のE曹長が病棟に来ました。そして突然、なんの説明もなく「B、管理当直予定どおりやってくれ」と言ってきました。しかし、他の同期などは12月と1月の2ヶ月分で合計1回しか管理当直割に入れられていないのに、自分(B)だけが、1月末で退職することをいいことに、12月に2回、1月に3回も管理当直をつけられていました。そのことに納得ができなかったため、E曹長に「当直の回数、自分だけおかしくないですか?」と問うも、「他のやつも当直やっているんだ。黙ってやれ」と、つけていたマスクをわざわざはずして、私をねめつけ、威圧的に言ってきました。さらに、ねめつけたまま、「いいか」と脅迫されるように言ってこられたので、このとき私は威圧感と恐怖心から「はい」としか答えられませんでした。 他には「まあ、俺はパワハラで挙げられても大丈夫。先任伍長だからどうとでもできるからな」と言い、パワハラで挙げてももみ消せるから意味ないぞ、と捉えられるような脅しをかけられ、また恐怖心を強く感じました。 |
B元3曹は、修正した文書をA2尉に確認してもらい、3月10日、海幕と横須賀総監部宛ての郵便物として自宅近くのポストに投函した。約1週間後の3月16日、元上司から電話があった。用件は言わず、横須賀中央病院に来てほしいとのことだった。「電話で対応してほしい」Bさんが返答すると、電話が総務課長にかわり、懲戒処分申立の件で質問があった。
「書いてあることがすべてです」
Bさんは答えた。それきり「事件の日」である9月27日まで、自衛隊からBさんに連絡がくることはなかった。
(第7回につづく)