報復する自衛隊/第1部「海自・先任伍長のパワハラ告発したら逮捕された!」

 自衛隊内でパワハラやセクハラが横行していることに驚く人は、いまや多くはないだろう。もはや隠しきれず、暴力やいじめなど日々様々な事件が漏れ伝わり、報じられている。内部から声を上げる人も増えてきた。しかし改善の気配は乏しい。その状況のなかで浮かびあがってきたのが、告発者を逆恨みして報復するという自衛隊に蔓延する悪しき「文化」だ。現在進行中の国賠訴訟を手がかりにして、その実態を探る。

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 第1部

「海自・先任伍長のパワハラ告発したら逮捕された!」事件

 中堅幹部隊員の先任伍長によるパワハラ的行為を告発したところ、調査がなされるどころか告発した側が「虚偽告訴」だと非難され、犯罪の嫌疑をかけられて警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員(3曹)と現職2等海尉の2人で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。警務隊の逮捕は、不当な逮捕権の請求・執行だとして、被害者の2人が国を相手に国賠訴訟を提起したのが2023年4月。約2年に及ぶ横浜地裁での審理を通じて浮かび上がってきたのが、パワハラを隠蔽し、組織に都合の悪い告発者に「報復」すべく工作がはかられ、逮捕もその一手段として乱用された疑いだ。折しも、戦争中のウクライナ軍との合同演習に海上自衛隊が密かに参加していたことが発覚した。自衛隊の暴走はとどまるところを知らない。

 

1 横浜地裁
横浜地裁に臨むA2等海尉(右)とB元3曹(左)。(2023年4月27日)

 2023年4月27日、横浜地裁。がっしりした大柄の2等海尉Aさんの落ち着いた声が響く。傍聴席は静まっている。

 「私には同期の友人がいました。彼はあまり要領がよくありません。勉強もあまりできませんでした。試験の前には、ぶつぶつ言いながら試験範囲の暗記をしていました。見かねて、試験範囲のうち、試験に出るところを的を絞って勉強を教えてあげたこともありました。…」

 A2尉と元3曹のBさんが国を相手どって国家賠償法にもとづく損害賠償請求訴訟を起こしたのは23年2月。半年ほど前(22年9月27日)、Aさんは職場の都内にある自衛隊の医療施設で、Bさんは同じく介護施設で、同僚らの前で警務隊に連行され、逮捕された。容疑は虚偽告訴。ある隊員がパワハラ行為を働いているとする答申書を作成して組織の上部に告発したところ、その内容が虚偽だという疑いだ。2〜3日勾留後に釈放され、不起訴が確定した。犯罪が成立し得ないことが明白であるにもかかわらず、警務隊が逮捕状を請求し、執行(逮捕)したことによって多大な苦痛を受けたとして賠償を求めている。

 いわば、パワハラを告発しようとした隊員に対して自衛隊が組織ぐるみで行った「報復行為」の実態を世の中に知らせ、警鐘を鳴らす裁判だ。冒頭はその第1回口頭弁論の様子である。事件や訴えの詳しい内容は後述するとして、A2尉の意見陳述の先を紹介したい。

 A2尉の話は、輸送艦内で自殺した同期隊員に救命措置を施した経験に及ぶ。なお、A2尉はB元3曹とともに海上自衛隊で衛生隊関係を専門にしており、看護師などの医療資格を持っている。

 「2018年9月、私は横須賀基地で救急隊の役割を担っている職場におりました。ある日の朝、補給艦『ときわ』から救急コールがありました。後輩をつれて現場に行きました。横になっていたのは先ほどお話しした同期の友人でした。艦内で首吊りをしたということでした。心肺蘇生は救急の私たちが引き受けました。私はまだ体が生温かい友人に、必死で心肺蘇生を試みました。心肺蘇生をしながら、補給艦から救急車に移動しました。救急車に乗せてAEDを使いながら病院に搬送しました。ずっと彼の名前を呼びながら、頑張れと言い続けました。なんとか助かってほしいという一心でした。 

 病院搬送後、しばらくしてから、死亡したと聞かされました。私は他の同期に、彼が亡くなったことを伝える役目を負いました。彼を助けられなかったこと、それを同期に伝えなければならないこと、本当に辛い日々でした。

 彼が自殺をしたのは、パワハラが原因でした。驚くことに、当初は補給艦はパワハラが原因であることを報告しませんでした。『ときわ』の乗員から海上幕僚監部服務室に内部通報があり、それで初めてパワハラ自殺の方向での調査が始まったのです。このように、私は、パワハラが人を死に追いやること、そして自衛隊にはパワハラを隠蔽する体質があることを知っていました。

 現在でも、多くの若い隊員がパワハラで退職をしています。パワハラで自殺をしています。私には、大切な同期が自殺をした経験から、なんとしてでも自衛隊内でのパワハラをなくさなければならないという思いがありました。」

 A2尉の話が今回の事件の内容に移った。A2尉が逮捕された原因がパワハラの告発にあったことは前述したとおりだが、その「パワハラ」を働いたとしてAさんが告発した隊員とは、先任伍長のE曹長である。階級は2尉のAさんのほうが上だが、もともとはE氏のほうが先輩で階級も上だった。Aさんが若いころに一度接点があり、Aさんの幹部昇任後、ふたたび横須賀病院で一緒になる。Aさんはその後、都内の自衛隊の医療施設に異動となり、その直後に逮捕される。

「先任伍長のパワハラは本当にひどいものでした」

 そう言ってAさんが続ける。

 「何人もの若い隊員から、その酷さを聞いていました。先任伍長のパワハラを告発しようと考えたのは、私が横須賀病院から異動することが決まっていたからです。現に目の前にパワハラが存在し、若い隊員が苦しんでいるのに、それを放置することはできませんでした。もう、私の友人のように、若くして死を選ぶ隊員をひとりも出したくはありませんでした。

 それを、自衛隊は、虚偽の懲戒処分申し立てであるなどとして私を逮捕しました。検察官はすぐに釈放してくれ、一度も取り調べなく私を不起訴にしました。当然です。虚偽の懲戒処分申し立てなどしていないからです。

 ところが、こんどは自衛隊は、私が先任伍長に対して個人的な恨みがあり、先任伍長に精神的苦痛を与えることを目的としていたなどと主張して、私を懲戒処分しようとしています。もちろん、そんな個人的な恨みを晴らすために懲戒処分の申し立てをしたのではありません。私を、ありもしない理由で懲戒処分してまでパワハラをもみ消そうとするのだという事実に、驚きを禁じえません。

 自衛隊のパワハラ問題が根深いことを、この一件を通じて痛感しました。パワハラ根絶のために、この裁判を通じて、自衛隊にはパワハラを容認する体質について深く反省してもらいたいと思います」

 意見陳述を終え、A2尉は裁判官に一礼して原告席に戻った。入れ替わりに、共同原告のB元3曹が証言台に立つ。

 (第2回につづく)

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