あらすじ
中堅幹部隊員の先任伍長によるパワハラ的行為を告発したところ、調査がなされるどころか告発した側が「虚偽告訴」だと非難され、犯罪の嫌疑をかけられて警務隊に逮捕される――まさに「物言えば唇寒し」と言わんばかりの事件が海上自衛隊で起きている。逮捕されたのは元隊員と現職2等海尉で、数日で釈放され不起訴(嫌疑なし)が確定した。警務隊の逮捕は、不当な逮捕権の請求・執行だとして、被害者の2人が国を相手に国賠訴訟を提起したのが2023年4月。約2年に及ぶ横浜地裁での審理を通じて浮かび上がってきたのが、パワハラを隠蔽し、組織に都合の悪い告発者に「報復」すべく工作がはかられ、逮捕もその一手段として乱用された疑いだ。折しも、戦争中のウクライナ軍との合同演習に海上自衛隊が密かに参加していたことが発覚した。自衛隊の暴走はとどまるところを知らない。 |
3 狙われた「答申書」その1
A2尉と先任伍長・E曹長の上下関係には微妙なところがある。年齢はE曹長のほうが高く、先輩にあたる。過去にはE曹長が上司だった時代もある。その後Aさんは幹部自衛官である2尉に昇任、階級ではE曹長を追い越す。組織上は2尉のAさんのほうが上位だが、E曹長のなかに「年下の後輩」「元部下」という意識があったことはまちがいない。
この先任伍長・E曹長が、階級の低い後輩隊員らに対してパワハラになり得る言動をしている――A2尉がそう認識して告発に動きはじめたのは、2021年12月ごろのことだ。当事者から話を聞き、ワープロで答申書を作成し、本人に確認してもらったうえで本人の署名と押印をして完成させた。作成した答申書は4人分5通――B元3曹、N士長(女性、2通)、R事務官(女性)、J3曹(男性)である。後に、警務隊によって「虚偽告訴」だと言われることになった答申書である。
以下、4人の答申書を紹介していきたい。なお、読みやすくするため、趣旨を損なわない範囲で、改行、句読点の修正、漢字をかなにする、注釈の加筆、わかりにくい表現の最小限の修正等の変更をしている。
まずはB元3曹の答申書だ。Bさんは2022年1月末で自衛隊を退職した。答申書に記載したのは、退職直前の21年末から22年1月にかけての出来事だ。答申書を完成させたのは22年2月で、すでに退職していた。Bさんによる「パワハラ」の訴えとは、当直の回数が自分だけ多いというものだった。E曹長は当直の割り振りを担当していた。
【B元3曹の答申書】
令和4(2022)年2月4日 自衛隊横須賀病院長・海将補XX殿 答申者・B 答申書 私、Bは横病(自衛隊横須賀病院)先任伍長Eに受けたパワハラについて証言します。 まず、令和3(2021)年12月24日18時30分ごろに、私が病棟勤務中に、先任伍長のE曹長が病棟に来ました。そして突然、なんの説明もなく「B、管理当直予定どおりやってくれ」と言ってきました。しかし、他の同期などは12月と1月の2ヶ月分で合計1回しか管理当直割に入れられていないのに、自分(B)だけが、1月末で退職することをいいことに、12月に2回、1月に3回も管理当直をつけられていました。そのことに納得ができなかったため、E曹長に「当直の回数、自分だけおかしくないですか?」と問うも、「他のやつも当直やっているんだ。黙ってやれ」と、つけていたマスクをわざわざはずして、私をねめつけ、威圧的に言ってきました。さらに、ねめつけたまま、「いいか」と脅迫されるように言ってこられたので、このとき私は威圧感と恐怖心から「はい」としか答えられませんでした。 他には「まあ、俺はパワハラで挙げられても大丈夫。先任伍長だからどうとでもできるからな」と言い、パワハラで挙げてももみ消せるから意味ないぞ、と捉えられるような脅しをかけられ、また恐怖心を強く感じました。 ※Bさんは警務隊に逮捕されたことがきっかけで当初予定していた芸能事務所への就職が難しくなり、音楽分野に進む夢を断念せざるを得なくなった(本稿筆者注)。 |
当直を余分につけられ、異議を申し立てると乱暴な言葉でそれを封じる。答申書を見る限り、Bさんの告発内容はたしかにパワハラと解する余地がある。これが「虚偽告訴」ということになると、記述内容の重要な部分に「虚偽」があったのか。そう考えるのがふつうだろう。警務隊や裁判における海上自衛隊トップ(幕僚監部)の言い分はおいおいみていくとして、その前に、ほかの3人の答申書にも目をとおしておこう。
(第4回につづく)
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