独立行政法人日本学生支援機構の法令軽視体質を露わにする出来事を目の当たりにしたのでご報告したい。
先日、ある都内の裁判所で、支援機構の債権回収訴訟を傍聴する機会を得た。400万円(うち約20万円は延滞金)を一括で払えと元学生の男性を訴えている。この請求内容を一見して、筆者は疑問を覚えた。
400万円のうち200万円(元本170万円+それに対する延滞金)はたしかに遅れている。問題は残りの200万円だ。まだ返還期限がきていないのに前だおしで請求している。繰り上げ一括請求とよばれる貸し剥がしである。その根拠について支援機構は、日本育英会業務方法書にもとづいたものだと説明している。
業務方法書14条4項はこう規定する。
〈奨学生であつた者(奨学金の貸与を受け,その奨学金を返還する義務を有する者をいう。以下同じ。)が,割賦金の返還を怠つたと認められるときは,前3項の規定にかかわらず,その者に対して請求し,本会の指定する日までに返還未済額の全部を返還させることができる。〉
一見すると、遅れた者に対しては期限の利益(債務を分割で払う権利)を喪失させて全額請求できるような記述だ。しかし、法令をよく調べると、そうはなっていない。日本育英会施行令6条3項は返還方法について次のように定めている。
〈学資金の貸与を受けた者が、支払能力があるにもかかわらず割賦金の返還を著しく怠つたと認められるときは、前二項の規定にかかわらず、その者は、育英会の請求に基づき、その指定する日までに返還未済額の全部を返還しなければならない。〉
「支払能力があるにもかかわらず」著しく延滞した場合にあってはじめて期限の利益を喪失させることができるのだと明記している。
男性が延滞したのは収入が少なく経済的に余裕がなかったからだ。つまり「支払能力」を欠いている。
支援機構の一括請求は施行令違反で無効だ――男性が訴訟でそう主張したところ、支援機構から驚くべき内容の反論がかえってきた。支援機構の準備書面(筆頭代理人・熊谷信太郎弁護士)から引用する。
〈日本育英会施行令と日本育英会業務方法書は、いずれも日本育英会法に基づくものの、その法的根拠は別系統といえ、それぞれに優先劣後関係はなく、日本育英会法施行令6条3項と日本育英会法業務方法書第14条第4項並びにそれを受けた日本育英会奨学規程20条3項は、それぞれ異なる要件・効果を定めたものであって、原告は事案に応じ、上記条項のいずれかを選択し、一括返還請求の根拠とすることができる。〉
要は、施行令6条3項と、業務方法書の14条4項は、それぞれ別ものである、どちらの規定を使うかは支援機構が自由に選べるのだと言っている。「支払能力」を一括請求の要件に定めた施行令は無視してもよいというわけだ。
施行令6条3項の根拠は日本育英会法23条だ。返還については政令で定めよとある。業務方法書の根拠も日本育英会法で、25条1項に、業務を開始するにあたって業務方法書を作成せよと規定している。施行令は政令、業務方法書は省令。
業務方法書作成を法で義務付けた理由はなんだろう。言うまでもない。法と政令で定めた範囲で業務を行わせることにある。
念のため、筆者は文部科学省学生留学生課に問い合わせた。回答がきょうあった。次のとおりの説明であった。
(文科省 学生留学生課 2022・10・4回答)
――法と政令で定めた内容を省令である業務方法書で定めているということでいいか。
文科省 業務方法書は、法令で規定されている内容になっているか、法令違反になっていないか、文部科学大臣認可で内容が定まっている。法と施行令にのっとった内容であることを確認した上で大臣が認可している。
――上位に法と政令があり、下位に省令としての業務方法書がある。そういう理解でよいか。
文科省 そうです。
おそるべき日本学生支援機構の法令軽視体質である。